こた通信!

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

こた通信!

安閑とした日々がご希望ですか

大変に穏やかな気分の朝のつぶやき

f:id:kotaronobuta:20170108112515j:plain

 

出社前のコーヒーを啜りながら、この記事を書いています。

 

おはようございます。

 

たまにある「超穏やかな気分」の状態にいます。

 

仕事に行くのも嫌じゃないし、眠くもないし、なんとなーーーく疲労感はあるけれどそれでも別に大したことなくて大丈夫。

 

恋に悩んでもいたけれど、それも今はくよくよしていません。

 

手帳を取り出して頭の中から考えなきゃいけないことをひたすらに書き出してみようとしても、何にも浮かんでこない。

 

よって、ブログを書こうとしても「これについて書きたい!」みたいな主張も体験もないので、特に書くことないなーと思っていました。

 

ていうか、今も思っていますw

 

 

 

けど、あえてiPadを取り出して、こうして文章を書き連ねている。

 

iPhoneとかiPadって目が疲れるよね?

 

なので、持ってきた文庫本をゆったりと読んでもいいんだけど、あえてiPadと向き合って文章を紡いでいる。

 

こういう「何もない気分」であるからこそ生まれる文章を残してみたかったのか何なのか。

 

よく分かんないのだけれども。

 

 

 

穏やかに、ゆるやかに。

 

これが僕の生き方の指針でもある。

 

今みたいな気分の時が増えていってほしいなと思う。

 

心穏やかに暮らしていきたい。

 

けど、そうなるとこうして自分のブログやメディアを通じて、世の中に発していきたいメッセージというものはなくなっていくんじゃないだろうかとも思う。

 

「世界を、社会を変えていきたい」なんてことを志にして日々活動している人々は、「穏やか」なんてものは求めていなくて、常にストレスと隣り合わせで、

 

けどだからこそ前進していったときにそこに事業の成功や達成感みたいなものが生まれ、手に入るのだろう。

 

それが快感なのだろう。

 

 

 

自分の人生は誰のものでもない。

 

だからどっちがいいとか駄目だとかそんなことはなくて、好きなようにいきたらいいと思う。

 

けど、僕にだって守りたい人や、幸せにしてやりたいなと思う人もいるんでね。

 

毎日毎日「ただ穏やか」でいるわけにはいかないだろう。

 

 

 

牧場にいる牛は日々「穏やか」であるだろうけど、所詮は誰かに支配され飼いならされている生き方だ。

 

けど野生の牛は、穏やかな安全地帯に暮らす群れもいるだろうけど、でも基本的にはいつ肉食動物に襲われるか分からない。

 

ストレスは人間社会だけではない。

 

そしてもっと自由に生きていきたいと思うなら、避けられないものなのだろう。

 

なので、がんばりまそう。

 

 

 

そんなことを思いながら、今日も一日をスタートさせていくのでした。