こた通信!

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こた通信!

安閑とした日々がご希望ですか

たとえ失敗するかもしれないと恐怖しても、一歩踏み出す力を持った人間になるために。

 

たとえ失敗するかもしれないと恐怖しても、一歩踏み出す力を持った教員であってほしい。その失敗を避けるために徹底的に考える人間であってほしい。失敗したのなら全力で取り戻す人間であってほしい。逃げるため、あるいは自己正当化のために思考する存在であってほしくはない。

(p255)

 

 

『残念な教員 学校教育の失敗学』(林純次、光文社新書)より引用。

 

本を何気なくパラパラとめくって読んでいた時に上記のそんな言葉が心に刺さった。

著者は「身に付けてほしい3つの力」として

 

①精神的タフネスさ

②積極的行動力と、それに関連する思考力

③自己認識と他者認識

 

を挙げている。

上記の引用は「②積極的行動力と、それに関連する思考力」の中に書かれていた。

 

 

僕は「失敗」への恐怖から逃げ出したのかもしれない

 

この本を全部丸々読んだわけではないので著者の意見からズレるかもしれないが思ったことを書いていこう。

 

僕は1年半の教員生活を経験した。

臨時的任用教員として、クラス担任もやってきた。

「精神的タフネスさ」が足りなかったのか、疲れ果ててしまった。

 

kotaro-nobuta.hatenadiary.jp

 

この時、残業時間や土日の部活動指導の時間を考えていくと優に100時間は時間外労働をしていたように思う。

今話題の100時間残業と同じくらいかもしれない。

 

lineblog.me

 

世の中の先生方は凄いなと常々思っている。

よく身が持つな、と。

仕事を要領よくこなしたり、使いまわせる教材をストックしていったりしているのもあるだろう。

経験年数をこなすにつれ、そういう面で楽に仕事ができるようになってくるはずだ。

 

僕は「2年目」から逃げた。

担任1年目のストレスを上手に処理することができなかったのだ。

それは「失敗」だと思う。

ストレスとも上手に付き合って、適度に見切りをつけて業務にあたっていかないといけないわけだ。

 

そして、僕は路頭に迷った。

 

 

再チャレンジしてみようとしている

 

僕は今、来年の教員採用試験に向けて勉強を始めたところだ。

その臨時的任用教員をやってたのが2011年度ごろなので、かれこれ5年間もの充電期間を取ったことになる。

 

教員生活は辛かった。

大変だった。

けど、それでももがいている自分のことが結構好きだった。

辛くてもそれをなるべく顔に出さないようにし、生徒の笑顔を見ている日々が好きだったのだ。

 

今の派遣の仕事でも(給与面では不満だが^^;)職場の皆さんにはよくしてもらっていて、楽しく仕事をさせてもらっている。

けど、どうしても張りがない感じがしてしまうのだ。

物足りないのだ。

 

もう一度教壇に立ちたいと考えても、やはりそこに恐怖が付きまとう。

ストレスにやられたトラウマが顔を覗かせてくる。

また「失敗」するかもしれないのだ。

けど、そこで「一歩踏み出す力を持った教員であってほしい」と著者の林先生は唱えている。

「失敗したのなら全力で取り戻す人間であってほしい」とも言っているのだ。

 

その「一歩踏み出す」勇気を持ちたい。

行動力を持ちたい。

同じ失敗をしないように考えて取り組んでみたい。

過去の失敗も糧にして取り組んでみたい。

 

「逃げる」ってことが全部悪いことだとは思わない。

自分が壊れそうな時には一旦退くのは必要な判断だと思う。

退いて、クールダウンして、力を蓄えて、また挑戦してみてもいいじゃないか。

 

僕に教員としての資質がどれほどあるかは分からない。

向いてないのかもって思うこともある。

でも、どんな仕事をやったってそれは同じなんじゃないかな。

 

 

身体も鍛えていきたい

 

さすがに「1日2時間しか寝られない」ってことはない。

通勤に往復30〜40分だったとしても、5時間くらいは寝られてた。

要領をつかめてくればもう少しちゃんと睡眠も確保していけるだろう。

 

教員採用試験対策を進め始めているこの頃だが、運動し、身体を鍛える習慣づくりもしていきたい。

ストレス発散にもなるだろうし、身体を鍛えるというのはストレス耐性もつくと思う。

「面倒くさいわー」っていうのとの戦いなんだけどね(^_^;)

 

そんな感じで明日も(朝勉強を)がんばります。

 

 

 

残念な教員 学校教育の失敗学 (光文社新書)

残念な教員 学校教育の失敗学 (光文社新書)